運動嫌いな僕がプロトレイルランナーになるまでの軌跡(奇跡)。

2015年6月7日から走り始めて2年と1ヶ月が経過。どうしたら速く走れるようになるかを色々と考えつつここに記す。

2014年5月31日~6月1日 八ヶ岳を登山中に道迷い遭難しかかった話の後編。

 

おさださん(@trmontittiosa)が投稿した写真 -

 

trmontittiosa.hatenablog.com

  初日は上記のリンクの通り正規ルートを見失い、スマートフォンGPSとコンパスを駆使して藪の中を突っ切って目的地まで辿り着いた。

 二日目の行程をピストン(来た道をそのまま引き返す)にしてもよかったわけだが、また同じ目に遭うのかもしれないと思うと全く気が進まない。そこで二日目の山行計画をM氏と練り直すこと数分…

M氏「ルートをこっち周りにして赤岳、中岳、阿弥陀岳に登って戻ってくるなんてどう?」

 と、提案。赤岳といえば八ヶ岳山系の最高峰であり日本百名山の一角。登山好きならば誰もが一度は踏破を試みようとする山だ。登りたくないわけがない。

 僕はその提案を二つ返事で快諾、本来であれば観音平から権現岳をピストンするだけのごく単純な山行であったが、赤岳にも挑戦するということで登山レベルがグンと上がる。

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  二日目は権現小屋から北上し、赤岳・中岳・阿弥陀岳を経て車を置いてきた立場川キャンプ場に戻るというルートを歩くことになった。山と高原地図上での合計移動時間は10時間、距離にすると約11kmといったところか。

 4時に起床し権現岳の山頂付近から日の出を眺める。雲海から富士山がひょっこりと顔を覗かせ、その雄大さは僕の心を一瞬にして虜にした。5時、後ろ髪を引かれつつも赤岳に向けて出発。

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 権現岳から赤岳に行くにはキレット(切戸)と呼ばれる稜線の一部が急激に切れ落ちている鞍部を通過する必要がある。まずは権現岳からキレット底部まで、標高差275mを下らなければならない。

 権現小屋からすぐのところにほぼ垂直方向に下降すためのハシゴが掛けられている。高度感がとんでもない…手を滑らせて落ちれば間違いなくあの世行きだ。尻込みする僕を横目にM氏はサクサクと降りていく。…M氏、少し壊れているのかな。

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 権現岳と旭岳のコル(尾根上のピークとピークの間の標高が低くなった箇所)は上の写真の通り。気持ちの良い稜線歩きが楽しめる。体力的にしんどく、危険な目に遭いつつも自らの足で登ってきたからこそ味わえる至福のひと時だ。

 旭岳の山頂は通過せずに西面の鎖場になっている斜面を横断する。やっとの思いで275mを下りきると、間もなくして赤岳に向けての登り返しが始まる。キレット底部から赤岳への標高差は459m。

 肉体疲労が蓄積し危険箇所を越えるのに時間が掛かるようになってきた。時間の経過と共に集中力が欠如しだす。簡単に言えばバテバテのヘロヘロ。ここだけの話、この時の僕は登山が少しキライになりかかっていた。

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  それでも歩みを止めず権現岳から進み続けること5時間、午前10時に赤岳に到着することができた。疲れすぎてて景色をカメラに収める余裕がない。

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  赤岳を下りると目の前には中岳、その向こう側には阿弥陀岳。体力が残っていればその景色も美しく感じたのであろうが、当時の僕にとってはプチ拷問を連想させる禍々しいモノにしか思えなかった。

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 もはや体力ゲージはゼロになり、気力だけでやっとこさ阿弥陀岳山頂に到達する。眼下に広がる諏訪の街。こうして改めて観てみると素晴らしい景色であったことを再認識することができる。

 ここから恐ろしく長い尾根を下り、丸太の橋を渡って17時に立場川キャンプ場に戻ってくることができた。朝の5時から12時間近くも歩き続け、本当の本当にしんどかった。

 

 2014年5月31日〜6月1日に体験したこの濃密な2日間は、2017年2月の今をもってしてもなお、最も思い出深い山行であったと言って過言ではない。

 トレイルランニングを始めた今、体力が充実した状態でもう一度同じルートに挑戦し、今度こそ心底楽しみたい。その時はまたM氏に同行をお願いしようっと。