運動嫌いな僕がプロトレイルランナーになるまでの軌跡(奇跡)。

2015年6月7日から走り始めて2年と1ヶ月が経過。どうしたら速く走れるようになるかを色々と考えつつここに記す。

2017年7月14日 走ることに関してずぶの素人だった僕が、この2年間で何をしてきたかおさらいする話。

 遡ること約2年前の2015年の6月7日、僕は山で醜態を晒してしまった。とんでもなく悔しい思いをしたので速く走れるようになりたくて本格的なトレーニングをし始める。醜態を晒したという記事が下のコレ。

 

 とりあえず長距離を走ったことが無かったので走ってみることにする。醜態を晒した10日後にFacebookにこんな投稿をしていた。

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 23km走るのに2時間33分(1kmを6分半ペース)もかかっている。映画のレ・ミゼラブルが2時間38分なのでそれよりも少し短いくらい。僕は電車が如何にありがたい乗り物かについてを理解したようだ。

 

 まずは何事も慣れが大切なのではないかと思い、走り始めてから5ヶ月後

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 21kmを1時間54分(1kmを5分25秒ペース)で走っている。道を覚えて迷わなくなったのがデカい。少し速く走れるようになったので調子に乗って人生で初のトレイルランニングのレースに出る。

  しかし、この頃から右膝に腸脛靭帯炎を発症してしまい思うように走れなくなる。

 

 走り始めて8ヶ月が過ぎ年を越す。腸脛靭帯炎が治らずその原因はフォームにあると感じて改善に取り組むようになる。

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 フォームの改善を意識して走った結果、10kmを4分35秒ペースで走れるようになったらしい。しかし、2016年2月27日に開催された三浦半島横断トレイルレースは腸脛靭帯炎の悪化により出場が出来なかった

東京ディズニーリゾートに向かうも腸脛靭帯炎を悪化させた話。(後で書きます、たぶん)

 

 この後、フルマラソンのレースとトレイルのレースに出場するも腸脛靭帯が痛み満足に走れず惨敗。

⇒2016年3月20日、板橋CITYマラソンで大惨敗した話。(後で書きます、たぶん)

⇒2016年4月3日、第18回青梅高水トレイルランで雑誌に乗った話。(後で書きます、たぶん)

 

 走れないし仕方が無いのでとことん座学。ランニングフォームについてやトレーニング方法、リカバリー方法についてを調べ尽くす。そこで得た知識をフル活用したことで2016年6月くらいには腸脛靭帯炎を克服することができた。

⇒腸脛靭帯炎を克服した話。(後で書きます、たぶん)

 

 僕のトレイルランナーとしての1年目の後半は腸脛靭帯炎に苦しみ、走ることすらできない日々との闘いであったりする。ある記事にはO脚は骨格的になりやすいだとかも記載されていた。そしたら治せないじゃんと落ち込んだりもした。

 しかし、それらを乗り越える過程で「速く長く走るとは」という方程式のようなモノが僕の中で構築され、今もそれを実行することにより怪我も無くトレーニングが継続できている。

 

 そしてレース三昧の2年目に続く。